Home その他 「フォロワーが自殺」。はるかぜちゃんが、それでもいじめと闘う理由 (1/2) – BLOGOS

「フォロワーが自殺」。はるかぜちゃんが、それでもいじめと闘う理由 (1/2) – BLOGOS

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今回の対談のお相手は、はるかぜちゃんこと、春名風花さん。
女優や声優の表舞台のかたわら、いじめに関する情報発信を続ける彼女。
そのきっかけは、中学生のときにフォロワーの1人が“自殺配信をした”ことだそうです。

“いじめを受けている側には学校に行く権利があり、「逃げてもいい」と言うだけの人は偽善だ”といった内容の発言が話題にもなりました。

「いじめはきっとなくならない」でも「できることはある」――今は19歳になった彼女にいじめの当事者となっている子たちとその周囲にいる大人たちにメッセージをもらいました。

https://www.youtube.com/watch?v=t5Zp_wmkSjQ&list=PLGIs2lskpIl1kYBQqTgOGBMe7Hl900JWD&index=4

「いじめ」と検索して、僕のtwitterに来た子たちへできること

―――今回、やっと対談が実現してうれしい。初めて会ったのは確か7年前? 今日はいじめについていろいろ語っていただきたいなと思ってます。そもそも、いじめに関して発信するようになったのってどうしてなの?

中学生のころ、僕のtwitterのフォロワーだった子が自殺配信をしたということを、その子が亡くなってから知ったんです。その子はいじめというよりも、家庭の問題のほうが大きかったみたいなんですが、当時既にいじめに悩んでいる子たちに発信していたにも関わらず、実際の当事者には届けられてなかった。それが悔しくて・・・・・・。

――それは、やっぱり表に出る人だから仕方がない部分もあるけれど、中学生のときにその経験は相当辛いね。

はい。けっこう病みました。しかも、最近も同じようにフォロワーの子が自殺配信してしまって。しかも彼女は、同世代で、実家の近くに住んでいる子だと存在を知っていたので、けっこうショックでした。

2人とも「伝説になりたい」って言って自殺配信をしたんですよ。10代の頃って、学校と家しか居場所がないから、学校も家もだめだってなったら、世界の全てが絶望しかなくて、死後の世界のほうが幸せなんじゃないか、私が死ぬことで何か変わるんじゃないかと思っちゃう。でも、それはすごくもったいない。

 大人になれば、仕事や住む場所の選択肢が増えるし、助けてくれる窓口を探すこともできる。なんとかその方たちと繋がれば、きっと生きていく道はあったと思うんですよ。でも、自分で生きる方法を選択できない年齢で、狭い世界で絶望して、死後の世界に憧れるっていうのは、僕は嫌なんです。

――実際に、そういう悩んできた子から相談が来たらどうするの? たくさん来るわけでしょう?

直接的な相談って、実は少ないんです。人に迷惑をかけたくないって思いながら苦しんでいる子が多いからかもしれません。レベルはそれぞれ違いますが、家で安心して眠れない環境で絶望している子は多いです。そうなると、うつ病などの病気も発症しがちだし、精神的に不安定になると、社会との関わりが閉じてしまう。正直、現実世界の生きている場所に絶望しているんだから、ネットでいくら言葉をかけても難しいです。でも、コツコツと言葉をかけ、相手が“環境を変えよう”って思えるぐらいまで生きていてくれれば、手を差し伸べてくれる人はいるんじゃないかなって僕は思ってます。

――確かにネット上で相談する相手を1人でも見つけて、具体的な相談機関とかも知れるといいよね

ただ、ネット上って、怪しいところもいっぱいあるのも事実です。自殺願望がある子を集めて殺してしまう事件もあったし、性的搾取の被害者になることもあります。そのためにはやっぱり「いじめ」とか「自殺」とかで検索したときに引っかかってくる、僕みたいな人間たちが、ちゃんとした機関を紹介してあげるということが大事なのかなと思っています。

 僕は、こうした問題に関心の高い議員さんとtwitter上でつながっていて、その方につなげる場合もあります。また、いろんな人の力を借りて虐待から実際に自立した子のnoteに書いてることがすごく良くて。「5時間ふやかした橋本環奈」というアカウント名なんですけど(笑)。そういう方の声も参考にしてもらうのもいいなと思っています。

「逃げていいは、偽善だ」発言の本当の意味

――最近のいじめの報道についてはどういうふうに思っている? こういう視点が足りないとかありますか?

「いじめられてたけど乗り越えました」っていう話がとても多いなと思っていて。でも、将来いいことが起こらない場合だってあります。

例えば、フリースクールに通っても学歴にはなかなかならないし、小学生の頃勉強大好きだった子が中学でいじめられて、勉強できなくなって、進路が絶たれる。それすごい理不尽じゃないですか。

――確かに、不登校になった先が実は大変だよね。

去年、夏休み明けて子供の自殺率が高まる時期に、はるかぜちゃんが、「“学校から逃げてもいい”という言葉は偽善です」というふうにnoteに書いていましたよね。「命を落としてしまうぐらい辛いんだったら学校には行かなくてもいいよ」っていう情報発信が最近の主流のなか、「でもそれはどうなんだ」というふう投げかけは衝撃的でした。あれはどういう真意があって?

「じゃあ、いじめられても学校に行って、命を落としてもいいんですか」と反論されたんですけど、それは誤解。「いじめられていて辛かったら学校に行かなくていい」っていうのは正しいんですよ。ただ、その意見が世の中に溢れすぎて、「いじめられた子が学校に行かなければ問題解決」って図が成り立ってしまっているのがおかしいという意味なんです。いじめられた子に学校に通う権利があるはずなのに。他の子の学習権を侵害しているいじめっ子のほうをなんとかしようという発想に至らずに、いじめられた子に転校を促したりだとか、フリースクールを紹介したりだとかする活動ばかりが目立ってしまうのはとても良くないなと思って発言しました。

――確かにそうですね。私も当事者の方に取材すると、不登校になってどうやって学ぶのか、フリースクールは高すぎるし、そこから受け入れてくれる学校がない、そもそも転校できないとか、そういう話を本当にたくさん聞きます。学校側もいじめの記録も残したくないからもめるというような話を聞きます。確かにいじめられた側の人たちがここまで苦労するほうが変ですよね。

もちろん学校に行けず悩んでいる子に向けて、「学校は必ずしも行かなきゃいけない場所じゃない」と伝えるのは大事ですが、「本当は学校に通いたかった」という想いもあるんです。だから、「いじめた側をどうにかするのか」とか「学校のシステム自体に問題はないのか」っていうのを模索しなきゃいけないはずなんです。

――昔、朝日新聞で「いじめている君へ」「いじめられている君へ」「それを見ている君へ」の3つの中でメッセージを寄せてくださいという企画で、多くの人が「いじめられている君へ」と書いていたなか、はるかぜちゃんが「いじめている君へ」と向けて書いたのが印象的でした。それってどうしてなんだろう。

いじめっ子には責めることしかできないじゃないですか。いじめはいけないことだから。でも、世の中が、いじめられっ子への優しい言葉だけで解決するわけもないんです。

いじめの負の感情って上から下に流れてしまうものだと思っていて、家が居心地悪いから、学校で友達をいじめている可能性もある。そもそも、学校って、30人ものいろんな人間を一箇所に集めて、みんなで仲良くしましょうねって言っていても、ちょっと無理なことかなとも思うんです。だから、朝日新聞には、「君が今いじめている子の後ろの人たちのことを、家族とか友達とか、君がいじめている子のことを大切に思っている人々のことまで、あなたは傷付けたいんですか?」っていう内容の文章を寄稿しました。小学生のときの文章が、今になってまた賛同を得ているのはうれしいです。

きっとその場ではいじめって楽しいことなんですよ。多分。優越感を得られるし、一緒にいじめている子たちと仲間になれるし、承認欲求も満たされる。でもそれって一瞬のこと。

その一瞬の優越感、承認欲求のためだけに、残りの人生、相手はもちろん、自分の人生も無駄にしてもいいのかって思っています。

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