Home モデル 【冨永愛、モデルへの道 番外編】月1回のスペシャル対談、前編。

【冨永愛、モデルへの道 番外編】月1回のスペシャル対談、前編。

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冨永愛(以下 冨永) 今日は忙しいのに時間を作ってくれてありがとう。こうして真由美ちゃんと対談っていう形で話すのはなんだか不思議な感じだね。

VOGUE JAPAN編集部 中村真由美(以下 中村) 今朝また連載が更新されたけど、この連載、周りでもすごく反響があるよ。「本当に愛ちゃんが全部自分で書いてるの?」「すごい臨場感だね」って。

冨永 そう聞くとうれしいな。がんばって書いてよかったって思う。

中村 ちょうど今アップされてる話(Vol.1~Vol.4)って17歳くらいの時の話じゃない?

冨永 そうだね、ちょうど17歳の時の話だね。

中村 私が愛ちゃんに初めて会ったのって確か2000年だと思うんだけど……。

冨永 というと18年前……あ、そうか。ちょうどエッセイに書いている17歳、18歳のあの頃だったんだね。

中村 そうそう。それって、ちょうど Vol.4に書かれているラルフローレンのショーの頃の年なんだよね。だから私も読みながら「ああ、この時、愛ちゃんはこんな風にタフに戦ってたんだなあ」って感慨深く読んだ。当時は「日本人でこんなすごいスーパーモデルが出てきた、しかもまだ高校生!」ってファッション界は大騒ぎだったけど、その裏でまだ17歳だった愛ちゃんがこんな風に大変な思いをしているのは知らなかったから。

冨永 私たちが初めて会ったのって、2000年の撮影なんだよね? 

中村 2000年の7月だね。途中まで台風で、撮影が始まった瞬間から晴れた七夕の日だった。2日間の撮影で、フォトグラファーはレスリー。モデルは男女合わせて12人、いや13人はいたかな。

冨永 確か千葉のサンライズ牧場じゃない? 馬がいたよね。

中村 実はそれが私が行った初めてのファッション撮影の現場だったの。まだ大学生だった私が、アシスタントとして初めて撮影に連れて行ってもらったのがその日で。だからすべてが新鮮で、かつ衝撃だった。私が21歳、愛ちゃんが17歳のときだよ。

冨永 確かにモデルの人数もスタッフもいっぱいいたしね。懐かしいなあ。今思うとあの撮影って、2000年当時の「多様性」みたいなものを象徴したキャスティングだったよね。日本人もいればハーフのモデルもいて、個性あふれるモデルが揃っていた。

中村 そうだね、セブンティーンみたいな雑誌を中心に活躍してる子もいれば、タレントっぽい活動をしてる子もいた。愛ちゃんみたいに海外に出て行ってる子もね。いろんな個性が集まって、みんなキラキラして眩しかったな。

冨永 今となっては結婚して引退した人、女優になった人、亡くなった人……その後にはいろんな人生があったね。

中村 本当にいろいろだよね……。当時はみんな私より若いのにしっかりしててかっこよかったよ。

冨永 今思うとみんな子どもだったとは思うけど、社会に出ていたのが早かったぶん、それはそう思われたかもしれないね。

中村 当時って、スマホもない時代じゃない? 撮影のあの長い待ち時間をスマホなしで過ごすなんて今じゃ考えられないよね。

冨永 それは本当にそうだよね。撮影もフィルムだし、今とは違うことばかり。当時の待ち時間は本を読むか、ひたすらしゃべってた。だからなのか周りとの結束というか一体感も強かった気がする。移動時間もロケバスの中でずーっとみんなで話していたよね。

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