Home モデル 【冨永愛、モデルへの道 Vol.37】10年ぶりの再会がおしえてくれたもの。 – VOGUE JAPAN

【冨永愛、モデルへの道 Vol.37】10年ぶりの再会がおしえてくれたもの。 – VOGUE JAPAN

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待ち合わせの場所には少し早めに着いた。

まだ来てないだろうな、と思いながらカフェに入っていくと、窓際のテーブルに座る初老の男性が目に入った。
私からは背を向けた形で座っていたのだけれど、一目で彼だと分かった。髪はすっかり白髪になり、背中が少し丸まっているように見えた。

懐かしさに涙が出そうになりながら、

「ジャンマルク!」

私が名前を呼ぶと、以前と変わらぬ優しい笑顔で、私を迎えてくれた。

辛いことの多かった時代を支えてくれた人、パリの事務所で私を長い期間担当してくれていたブッカー(マネージャー)のジャンマルクだ。
10年前に事務所を辞め、その後闘病生活をしていると聞いてからずっと気になっていたのだけれど、なかなかパリに来る機会がなかったので会いに来られずにいた。
私が彼に会うのも10年ぶりになる。

「So, tell me!」

と、私の身に起きたことすべて聞きたい! と言わんばかりに身を乗り出して話を聞いてくる。
私たちは10年という月日の溝を埋めるべく、今まであったことをなるべく詳細に話をした。

病気も快復し、今はゆっくりとリタイア後の人生を楽しんでいると聞き、私はとても安心した。
すっかり白髪になり、初老の雰囲気が重なりながらも、眼差しの鋭さは変わらない。
ジャンマルクの暖かい話し方も、当時のままだ。

1時間ほど話しただろうか、次のアポイントメントに行かなくてはならない時間になってしまった。
まだまだ話し足りないことばかりで名残惜しかったけれど、「また次回必ず会おう」と約束をしてカフェを後にすることにした。

今回のパリの大きな目的のもう一つは、お世話になった人たちに会いに行くことだった。
ジャンマルクもその内の一人だ。

コレクションサーキットを回っていた頃、パリでとてもお世話になった日本人家族がいる。
小さい子供が二人いる家庭で、ご夫妻もとても素敵な暖かい人たちだった。
分刻みのスケジュールをこなしながら、NY、ミラノ、パリと移動していたので、パリにたどり着くころには、精神的にも体力的にもへとへとな状態。
そんな私に温かくて美味しい食事を作ってくれた人たち。子供たちと過ごす他愛もない楽しい時間に、私はとても癒されたものだった。

今回はその子供たちとだけ会えることになった。
当時はまだ小さかった子供たちも、一人は建築を学ぶ大学生、もう一人はMOYNATで鞄を作る職人になり、二人とも立派に成長していた。
そんな二人を、私はなんだか親戚のおばさんのような気分で見つめていた。

子供が大人になるのには充分な時間が経ち、周りの物事には大きな変化が見える。
それなのに自分は何一つ変わっていないような、自分を残して周りの時間だけが経過しているような、そんな不思議な時間がずれるような感覚を覚えた。

そんな中、今回のメインイベントがパリ滞在の最終日に待っていた。

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