Home モデル 【冨永愛、モデルへの道 Vol.8】モデルのキャリアマネジメント。

【冨永愛、モデルへの道 Vol.8】モデルのキャリアマネジメント。

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映画『Dries(邦題:ドリス・ヴァン・ノッテン〜ファブリックと花を愛する男)』は彼のクリエイティビティの根源がが何であるのか、また、花を愛し、ファブリックを愛する彼がなぜ大手の傘下に入らず30年を越える長い間、自身のブランドとして第一線でやってこれたのかに迫るドキュメンタリー。

映画の中には彼自身の最初のコレクションから現在に至るまでのコレクションが流れ、時代の流れも感じさせた。私がコレクションに出るようになった頃の映像もあり、よく見知ったモデルの面々がランウェイを歩いていた。

「あの子達は今どこで何をしているのだろう?」

(もちろん、はたから見れば私自身もそう思われているのかもしれないのだが……)

世界を舞台に活躍するモデルは、年に2回の春と秋に、NYコレクション、続いてロンドンコレクション、ミラノ、パリ、と約1ヶ月半の間この主要4都市のコレクションを回って行く。
これはコレクションサーキットと呼ばれているのだが、バイヤーや編集者、今やインスタグラマーやブロガーなども含め、ファション業界の主要な人たちが、サーカス団さながら地球を西から東へ、東へ西へと大移動して行くのがコレクションシーズンなのだ。

トップモデルの仲間入りを果たし毎シーズンこの巡業をこなして行くようになると、一緒に回って行くのも同じ顔ぶれなので大体知り合いになってくるもの。
私が26歳くらいの頃だったろうか。出産をして、子供を抱えながらこのコレクションサーキットをこなして行く事にそろそろ無理があると感じ始めていた頃、同じように長い間コレクションに出ているモデルとは、よく今後について話し合ったものだった。

北欧出身のあるモデルは、自分の国に帰ってもモデルの仕事はほとんどなく、主要な都市に残って、先細りになったとしてもモデルとしての仕事を続けて行くのか、結婚して子供を産むか、もしくは国に帰り別の仕事をするかを悩んでいた。
南米出身のモデルは、とにかく今稼げるだけ稼いで、自分の国のお金に換金すれば一生食べていけるはずだからやれるところまでやる、と言っていたり。

「Aiはいいよね。だって日本は先進国だしいくらでも仕事はあるでしょう。私は国に帰ったからって何もないのよ」と言われ、自分が恵まれた国に生まれたのだということ、そして国によってこんなにも境遇の違いがあるのだという事実を突きつけられ、そんな友人になんて言ったらいいのかわからなくなったこともあった。

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