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ヴィクシーモデルたちは誰のために羽を着けているのか?

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今から約40年前、イギリスのフェミニストで映画批評家のローラ・マルヴィは、ハリウッドの古典映画を分析した論文「視覚的快楽と物語映画(Visual Pleasure and Narrative Cinema)」の中で、“male gaze(男性のまなざし)”という言葉を使ってそれを表現している。つまり、見る快楽を堪能する側(男性)とエロティックな対象として見られる側(女性)には、常に非対称な力関係がある、と指摘したのである。

これをヴィクトリアズ・シークレット・ショーにあてはめるならば、男性の想像力の産物であるエンジェルは常に消費される対象であり、そこには「不平等な性の関係」が存在する、ということになる。男性誌がヴィクトリアズ・シークレット・ショーを扱う際の問題点はここにある。

筆者は女性だが、毎年行われるこのショーを個人的には楽しみにしていた。自分の体型とかけ離れた美しいモデルたちの織り上げる豪奢なランウェイは、ある種の「ファンタジー」だと思って見ているからだ。

しかしここにも以前から指摘されている問題がある。ヴィクシーモデルたちの画一化されたスリムな体型を、女性の理想的イメージだと見る側に刷り込んでしまうという危うさのことである。「これはファンタジーだ」と思えるならいいのだが、その理想に近付こうと過度なダイエットやエクササイズを繰り返してしまう人もいるだろう。

ファッションビジネスの記事を配信する米「ビジネス・オブ・ファッション(BoF)」は、ショーが終わった直後の11月9日(現地時間)に「ヴィクトリアズ・シークレットはどのようにブランドを救うのか(How Victoria’s Secret Can Save Itself)」という記事を掲載した。“male gaze”の問題を手厳しく批判する一方、今年は「エンパワーメント」という合言葉のもと、ブランド側も巻き起こる議論へのいくつかの対処を行ったことを指摘した。ただし、ブランドが「女性がセクシーであること」を標榜する限りはそれも無駄である、と口調を強める。

ヴィクトリアズ・シークレット・ショー、そしてヴィクシーモデルたちが悪いと言っているのではない。エンジェルに選ばれるための彼女たちの努力、そしてランウェイでの弾けるような笑顔とその美しさは本物だ。あくまでも、それを見る側の「まなざし」の克服の問題なのである。来年、またショーがあるのなら、「エンジェル」たちに「まなざし」問題を尋ねてみたい。

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