Home その他 265万のフォロワーを持つ日系アメリカ人YouTuberが語る「バイセクシャルとしての人生」(ウィメンズヘルス) – Yahoo!ニュース

265万のフォロワーを持つ日系アメリカ人YouTuberが語る「バイセクシャルとしての人生」(ウィメンズヘルス) – Yahoo!ニュース

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アンナ・アカナが語る「バイセクシャルとしての人生」をアメリカ版ウィメンズヘルスからご紹介。

11歳のとき、初めて女の子に恋をした。エレンはモヒカンヘアを横に流し、スケートボードでキックフリップやオーリーを決め、ネルシャツの袖口を肘までたくし上げている超クールな女の子で、男女を問わず、みんな彼女に惚れるのが当然だと思っていた。

子供の頃は誰だって恋をする。だから、エレンに対する自分の気持ちを打ち明けた友達に「ふざけてるだけでしょう?」と一蹴されたときは、本当にショックだった(『私もエレンが好きだから、これからは友達ではなくライバルね』と言われると思っていたから)。

その瞬間から私は、『本当は男の子が好きなのに面白半分で女の子を好きになる子』と言われるのを黙って受け入れるようになった。

10代の頃は私が女の子にキスをするのを周りは面白がっていたし、誰かと親密になれば、その子に対して特別な感情が芽生えるのは自然なことだと思っていたので、“バイセクシャル“というアイデンティティについて考えたことは一度もなかった。

それでも私が苦しまずに済んだのは、私の恋愛対象がほとんど男性だったから。バイセクシャルだからといって、男性にも女性にも同じだけ惹かれるとは限らない。

しかも私は、「自分が女性に惹かれるのは女性の体が素晴らしいと思うからに違いない」と考えるようになっていた。社会的にバイセクシャルはストレートとゲイの中間で、一歩誤ればゲイになるとか、一時的に同性を好きになるとか言われていたので、自分がバイセクシャルであることを認めるまでに30年近くかかったのも無理はない。

20代では親しい女性に恋をした。昼間から妄想をして、彼女に対する羞恥心と罪悪感にさいなまることもしばしば。友情を汚している気がしたし、「ふざけているだけでしょう?」という旧友の声も頭の中でこだました。

バイセクシャルであることを受け入れるのには時間がかかる。私だって、ある日突然ふっと受け入れられたわけじゃない。「私がエレンを好きだったのは彼女の魅力に惹かれたからで、単なるおふざけではなかったのかもしれない」「私が敬愛し、魅力を感じ、もっと知りたいと思う相手が男性だけである必要はないのかもしれない」。そんなことを考えながら夜が明けるようにゆっくりと、自分が決して“ふざけている“わけではなかったことを認め始めた。

でも、世間の目を恐れた私は何年もバイセクシャルになり切れず、レズビアンの女性に「中途半端で時間の無駄」と嘆かれることも多かった。この時点では、どの女性ともキス止まり。

そこで私はライター仲間で誇り高きLGBTQ+のアシュリー・ペレスに助けを求め、“バイセクシャル“というレッテルを貼られるのが怖いこと、その言葉の意味すら分からないこと、自分をバイセクシャルと呼ぶのには違和感があることを打ち明けた。

するとアシュリーはこう言った。「私が好きになるのは大抵女性。男性に惹かれることもたまにあるけれど、私は立派なバイセクシャルよ」。ということは恋愛対象がほとんど男性で、たまに女性を好きになる私も立派なバイセクシャルということになる。

もちろん私は、割合が逆というだけでアシュリーのセクシュアリティを否定することも、それはバイセクシャルではなくレズビアンだろうと決めつけることもしなかった。セクシュアリティは流動的な本質を持っているので、いつ自分のセクシュアリティが変わってもおかしくないことを明確にしてくれたのは、他でもないアシュリーだった。

「堂々としていなさい」と彼女は私を励ました。もう自分自身で作り上げたレッテルや定義に縛られる必要はない。

その後、私は仲のいい友達にバイセクシャルであることを打ち明けた。すると意外なことに誰も驚かなかったばかりか、みんな私のセクシュアリティを推測していたという。「どうしていままで誰も言ってくれなかったの?」という心の声が、そのまま口をついて出た。

2018年、両親にも打ち明けることを決めた私は、少しでもダメージを和らげるため、とある表彰式でもらったトロフィーに「どうも、私はバイです!」という一文を刻んで渡した。2人の反応は予想以上に寛容で愛情深いものだった。母は「私を心から愛してくれる人であれば性別なんて関係ない」と言い、父は「おやじギャグに使えるネタだ」と喜んだ。

2018年の終わりには、ストリーミー賞(配信動画のアカデミー賞)で自分のセクシュアリティを公にした。若者に投票してほしくて衝動的に打ち明けた部分もあるけれど、これは長年にわたり否定してきた自分のセクシュアリティを受け入れるためでも、これからは好きな女性に友達のふりをするのはやめることをネット上で宣言するためでもあった。

これまで私は、映画業界におけるマイノリティ(女性)やエンターテインメント業界におけるマイノリティ(アジア系アメリカ人)として、自分の意見を堂々と主張してきた。同様に、これからはセクシュアリティ問題の解決にも貢献していきたいと思っている。クィアとしては新米だけれど、キャスティングの仕方(セクシュアルマイノリティの採用)やクィアなキャラクターの描き方は心得ている。クィアは3次元の存在である(実在する)ことを証明し、自分自身を思いやる気持ちで、心のこもった人物像を描いていきたい。

※この記事は、アメリカ版ウィメンズヘルスから翻訳されました。

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